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東京高等裁判所 昭和34年(く)76号 決定 1959年10月21日

被告人 青木芳雄

主文

原決定を取り消す。

理由

本件即時抗告の要旨は、原決定は被告人に対する昭和三十三年十二月十八日付本件起訴状の謄本は翌十九日当時被告人が勾留されていた代用監獄の長たる三条警察署長に送達されたが、被告人は同日以後二箇月以上心神喪失の状態にあつたのであるから、右起訴状の謄本は右期間内に有効に被告人に送達されなかつたものであるとして右起訴状による公訴を棄却したのであるが、被告人は当時心神喪失の状態にあつたものではない、仮に然りとするも訴訟無能力者ではなかつたのであり、本件起訴状の謄本は、代用監獄の長たる三条警察署長に適法に送達されたのであるから、本件公訴を棄却する理由はなく、原決定は不法であるというのである。よつて案ずるに、刑法上の心神喪失者とは事物の是非善悪を弁識する能力を欠き、又はこれに従つて行為する能力を欠く状態にある精神障害者を指称し、訴訟能力とは自己の権利を防衛するに足る訴訟行為をなし得る能力を指称するのであり、責任無能力者と訴訟無能力者とは必ずしも一致するものではない。そして起訴状の謄本を被告人に送達するのは、被告人をして防禦権を行使するについてその準備をさせるためであるから、この場合に問題となるのは訴訟能力の有無であり、訴訟無能力者に対しては、仮令形式上適法なその送達があつたとしても、その送達を有効と認めることはできないものと解するを相当とする。本件において、起訴状の謄本が三条警察署長に送達されたのは、昭和三十三年十二月十九日であるところ、鑑定人上村忠雄の青木芳雄鑑定書には、当時被告人は精神分裂病の緊張病性昏迷状態にあり、特に重い病状で心神喪失の状態にあつた旨の記載があるけれども、右鑑定書を仔細に検討すれば、被告人の責任能力の有無を決定することを目的とした鑑定であることが明らかであり、責任能力とは一致することの多いことは勿論であろうけれども、当審における証人上村忠雄尋問調書によれば、同証人も昭和三十三年十二月十九日頃の被告人の精神状態を鑑定すべき資料が更に顕出する場合には前述鑑定の結果に変更を来すこともあり得る旨を認めているところ、当審における証人村松熊夫、同勝見輝男、同阿部信次郎、同田辺栄松の各尋問調書によれば、被告人は昭和三十三年十二月十九日まず勝見輝男から起訴状の謄本を受領し二つに折つて枕許におき、次いで阿部信次郎から弁護人選任に関する書類を受領し、同人の説明を聞いた後「自分は頭が悪くて判らないから家の人と相談してやつて貰いたい」旨を述べて該書面を阿部信次郎に返したこと、その後電燈の下で起訴状謄本を読んだこと、同日被告人は新潟刑務所に移されたのであるが、その際自分が持参する物と宅下げする物とを撰別する方法が常人と変つていなかつたこと、同日母親との応答において異状を認めなかつたこと等が認められ、かかる資料と前記証人上村忠雄尋問調書とを綜合して考察すれば、被告人は本件起訴状謄本の送達された当時訴訟能力を有していたことを認めない訳にはいかず、従つて右送達は有効といわなければならないから、その無効を前提とする原決定は違法であり、本件即時抗告は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第四百二十六条第二項に則り、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 山田要治 滝沢太助 鈴木良一)

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